No.035 2000.12.27
コチサの実家のある、香川県金比羅宮には、「幸せの黄色いお守り」というお守りがあります。
そう、もちろん、よくあるヒット商品の二番煎じ、三番煎じの語呂合わせの「あやかり商品」です。
ところがここ数年、この特産品、ウコンで染められたという「幸せの黄色いお守り」は思わぬ人気商品になっています。
こんぴら石段マラソンで有名な、長い長い石段を登ると、たどり着くそこには、大きな特設売場が設けられ、一面黄色いお守りが初詣客を出迎えてくれます。
帰省前のこの時期、実家に帰ることを知っている人たちから、コチサのもとにこの幸せの黄色いお守りが集まってきます。
「これを奉納して、新しい年の「幸せの黄色いお守り」を買ってきてくれ」という事です。
そしてコチサは、21世紀もこの「幸せの黄色いお守り」を買うため、子供の頃から馴染んだ、あの長い長い石段を登ります。
今年のお正月のこと・・・
こんぴらさん石段にて・・・
お母さん
「サチコ、お前一人で行っとくれ、お母さんはもう登れんわ」
コチサ
「何、言ってるの。もう少しだよ、頑張ろうよ。登り切れば、あの一面黄色い世界が迎えてくれるよ」
お母さん
「そんな言うてもな、足も痛いしなぁ」
コチサ
「じゃぁ、ちょっと休もう」
(この石段には、こうして疲れて登れない人向けに、階段の途中にベンチが置かれているのだ)
−暫し休憩−
コチサ
「お母さん、反対になったね」
お母さん
「何が?」
コチサ
「コチサが子供の頃の初詣では、このベンチで休むのコチサの方だったよね」
お母さん
「そうやったなぁ。でもお前が大きくなったんだから、こうしてお母さんが歳とるの当たり前だわな」
コチサ
「お母さん、歳とってないよ。コチサが子供の時から何にも変わってないよ」
お母さん
「それはな、毎日毎日見てるからや。お前だって、お母さんは、生まれたときから何も変わってないと思っちょる。でも赤ん坊の時とは全然違うやろ。急に大きくなればわかるけど、毎日少しずつだと自然すぎてわからんのや」
コチサ
「あの頃は、石段登るお母さんが早くて、早くて、すごいなぁって思ってた」
お母さん
「足腰もな、少しずつ弱ってきとるんやろ」
コチサ
「少しずつ、少しずつだと、毎日見てるとわからないんだね」
お母さん
「そうやなぁ」
コチサ
「お父さんも、少しずつ、少しずつ、髪の毛無くなってきたの?」
お母さん
「あれは違うわ。急に無くなったんよ。だからお母さんも驚いたわ」
コチサ
「コチサも驚いたよ。だって初めて東京に出てきて、その時はふさふさだったのが、その暮れに帰ったら無くなっていたんだもん。ぷーって吹き出しちゃったよ」
お母さん
「お前のせいやねんよ」
コチサ
「えっ?」
お母さん
「お前が家出同然に出ていってしまったから、お父さん、来る日も来る日も心配して、ああなったんや。お母さん、人が、心配で髪が抜けていくところなんて初めて見たわ」
コチサ
「コチサのせいなの?」
お母さん
「お母さんも心配したけど、お母さんは泣けば済んだからな、心配の固まりは涙で流せたわ。でもお父さんは男だから泣くわけにいかん。毎日毎日辛そうにしてたわ。心配の固まりを涙でなく、髪の毛で流したんやな」
コチサ
「嘘だぁ、そんなの」
お母さん
「まぁ、今になってみれば、嘘でも本当でもどうでもいいことやわ。さっ、あと少しや、頑張って登ろうかのぉ」
そういえばお母さんはちょっぴり腰が曲がったかもしれない。
石段を登る後ろ姿が丸くなっている。
ようやくの思いで登り着いたお母さんを、一面の「幸せの黄色いお守り」が迎えてくれた。
昇りかけの太陽の光が、そのお守りに反射して、お母さんの姿を黄金色に浮かび上がらせた。
お母さんは、財布を開け、コチサの分まで「幸せの黄色いお守り」を買って持たせてくれる。
「ほら、これだけあれば頼まれた人たちの分も足りるやろ」
周りを見回すと、大勢の参拝客にお守りから反射した黄色い光が降り注いでいる。
たくさんの家族が、黄色い光を浴びて、神々しく輝く一年に夢を馳せている。
そしてコチサには・・・
誰よりもお母さんが一番輝いて見えた。
太陽の光は、コチサにとって「幸せの黄色いお守り」はお母さんそのものだと言うことを、こんな形で教えてくれた。
そして今年も帰省の日が近づく。
預けられたたくさんの「幸せの黄色いお守り」を詰め込んだ鞄には、お父さんの為に「リアップ」が一瓶・・・
なんの償いにもならないけど、これで勘弁してちょ、お父さん。
|