No.039 2001.1.12
例えば、ピアニストの方とか指圧の先生が指を怪我するとか、プロ雀師の方が深爪をするとか(盲牌するとき痛いでしょ)、競輪選手が熱で三半規管の変調を起こすとか、スーパーモデルの方がおヘソにニキビが出来るとか・・・
普通は日常生活に困らないくらいの不自由なアクシデントが、仕事に直結している場合は大きな問題になることがありますよね。
・・・と、偉そうに例を引き出しましたが、コチサが咽がつぶれてガラガラ声になってしまったのも、やはり仕事上は困ったものなのです。
というわけで、いやいやまたあの先生の門を叩きます。
コチサ
「おはようございます」
大先生
「おっ、君は確か・・・世界の・・・」
コチサ
「はい世界のMCコチサです」
大先生
「そうだな、そうだった、久しぶりだな、一年以上経っているかな?」
コチサ
「えぇ、そんなところです。出来れば一生会いたくはないのですが・・・」
大先生
「はっはっはっ、まぁみんなそう言うよ。でもその声じゃ会いに来ないわけにはいかないようだな・・・で、今度はいつだ?」
コチサ
「四日後なんですけど・・・」
大先生
「四日後か・・・なんだ今回は随分時間があるじゃないか、はい舌出して」
コチサ
「うー・・・あっ、痛い、痛いよ先生、いくらなんでもそんなに舌引っ張ちゃ・・・カメレオンじゃないんだから、それ以上は伸びないよぉ」
大先生
「そうだな。試しにどれくらい伸びるかやってみたんだ」
ここは、とある病院。
アナウンサーさんや、ナレーターさん、役者さん達、御用達のその道では有名な病院。
コチサは一昨年、舞台の二日前に声をつぶしてしまい、先輩の役者さんから紹介されて飛び込んだのがきっかけで通うようになりました。
「どんなつぶれた声でも、期日までにはちゃんと治す。そのかわり痛い治療にも耐えろ」という約束事があるようです。
病院の壁には、来院した芸能人の方や役者さん達のサインが貼ってあって、大先生は結構ミーハーなんだと教えてくれます。
コチサ
「ねぇ大先生やっぱり注射?」
大先生
「あぁそうだね」
コチサ
「一昨年さぁ、4本も射ったよね」
大先生
「あぁそうだっけ?でも治ったろ?」
コチサ
「まぁね。でもあの痛みは一生忘れてないよ」
大先生
「そんな事は忘れてくれて、治してもらったという感謝の気持ちを覚えていて欲しいな」
コチサ
「そんな気持ちも、痛みで吹っ飛んだよ」
大先生
「それはご挨拶だな。じゃぁ今年は何本射っとくかな」
コチサ
「あのさぁ、ものは相談なんだけどさぁ、注射なしで治せないかなぁ、大先生なんだから」
大先生
「それは難しいんじゃないかな」
コチサ
「じゃ、じゃぁ、手にしてよ、注射。咽に直接するのはやっぱり可哀想だよ」
大先生
「それじゃ、効かないんだよ」
延々の押し問答の末、吸入と薬、外用薬の治療だけで、四日後の完治の約束を勝ち取るコチサ。
コチサ
「大先生さぁ、ちょっと気になったんだけど、壁のサインさぁ。一昨年、確かコチサもサインを書いたような気がするんだけど・・・」
大先生
「あーそうだったかな。頂いたような気がするな」
コチサ
「それがさ、さっき待合室で見たけど、どこにも飾ってないんだよ」
大先生
「そうかぁ、どうしたんだろうな?」
コチサ
「大先生さぁ、もしかして捨てたんじゃないの?」
大先生
「そんなことはないだろう。待合室の子供達がな、よく持っていくんだよ。それじゃないかな」
コチサ
「そうかなぁ?大女優の○○(自主規制)さんのサインや、有名俳優のサインをさしおいて、わざわざ誰も知らないコチサのなんか持っていくかなぁ」
大先生
「何を言ってる、自分を卑下しちゃいかんぞ。お前さんはそれだけ人気があるってことだ。大女優の○○より、子供達は「宇宙のMCこさちさん」のサインを欲しがっているんだ。それが現実だ。風は気づかぬうちに吹いてくるもんだ」
コチサ
「大先生わざと間違えてるでしょ「世界のMCコチサ」だよ」
嘘だとわかっていても、ここまで徹底的に持ち上げられて誉められると「やる気」は沸いて来ます。
この病院が人気なのは、期日までに治す注射の威力だけじゃなくて、そんな心の治療にもあるのかも知れません。
声をからして、気分も落ち込んで来院した、役者やナレーターの卵たちは、ここで咽と気持ちの治療を受けていく。
病気の半分は心の持ち方だという人もいます。
吸入と塗り薬と、大先生の言葉で少し良くなったコチサは早速お礼をすることにしました。
コチサ
「それじゃ大先生、今度はお礼に30枚くらいサインを書いておくよ。そこの束になった色紙を貸してよ」
大先生
「いや、ありがたい話だけど。あれはなちょっと、別の用事があってな」
コチサ
「どゆこと?」
大先生
「まぁ、それより、せっかく良くなっていくんだ。これ以上、じゃべるな。じゃじゃぁな。はい次の人」
とりあえず、薬をもらって自転車で帰路に着くコチサ。
それに入れ違うように、黒のリムジンが止まりました。
「ははーん」ピンときたコチサだけど、あえて誰が降りてくるかは見ないで走り去ることにしました。
「戦う相手は自分、超えていくのも自分、そして勝つのも自分自身に!」
一昨年言われた大先生の、そんな言葉を思い出したからです。
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