No.64 2001.3.12
新しいお友だちが出来ました。
名前も知らずに、もうすぐお別れになるのですが・・・
一年半程前から、事務所のある通りで、超高級マンションの建設がはじまりました。
四〇〇世帯が住むという、とても大きなマンションです。
長い長い調査期間や、住民説明会を経て、ようやく工事が着工した頃、彼女に出会いました。
背の小さい青白い、まだ女の子という感じの彼女が、作業着を着て、大きめのヘルメットを被るというよりちょこんと頭に載せる感じで、工事現場前の一般車両の誘導係をしていました。
何十トンものトラックが入って来ます。
その都度彼女は道に飛び出し、一般車両に頭を下げ、一時停止をお願いします。
タイミングが悪かったり、歩行者の通行の妨げになったり・・・
車からはクラクションを鳴らされ、歩行者からは文句を言われ、右往左往していました。
コチサは何度も、工事現場の大きなカバーがかけられた建設中の建物の陰で、上司らしき作業着姿の男性に、何かたしなめられている彼女の姿を目撃しました。
「可哀想になぁ・・・あんなちっちゃい体で・・・すぐやめちゃうんだろうなぁ」
コチサは自分のちっちゃい身長を棚に上げ、勝手に同情したりしていました。
その後、彼女の休み時間らしき時、やはり建物の陰で、
「ご協力お願いしまーす・・・ありがとうございましたぁ・・・オーライ、オーライ・・・」
一人で壁に向かって叫んでいる姿も目にしました。
そう確かに叫んでいるだけでした。
「それは発声練習じゃないよ、そんな声の出し方していたら、すぐに咽がつぶれちゃうよ」
でも、そんなこと言えない・・・
案の定、翌日潰れた声を張り上げながら、これまでにも増して、ぶーぶー文句を言われ続けている彼女がいました。
それでも彼女は毎日そこにいました。
クリスマスイブの日も・・・
松飾りが取れた仕事始めの時も・・・
桜の季節が過ぎ、作業服が夏バージョンに変わった時も・・・
そして、太陽が容赦なく照りつける夏を迎えた頃、炎天下の工事現場に、爽やかな声が響きわたりました。
「ご迷惑をおかけしています。大型車両が入庫してきますので、しばらくお待ち下さい」
赤く光る表示棒を大空に大きく掲げ、道路に飛び出していく彼女がいました。
不快指数が高くイライラが募る中、車を止められた一般車両の運転手さんは、それでも彼女の爽やかな笑顔と、透き通るような声に、かえってやすらぎをもらったように笑顔で車を止めて待っています。
彼女の顔は、かつての青白さは無く、日に焼けて真っ黒に輝いています。
「あーシミが出来ちゃうよ」
そんな心配を超える、美しい輝きがありました。
一年半の間、彼女はほとんど毎日同じ場所に立ち、搬入車両と一般車両、そして歩行者に向かって同じ作業を繰り返していました。
いつしか、いつもその道を通るコチサには、彼女の姿は風物詩であり、欠かせない一服の清涼剤のようになっていきました。
そして・・・
ついに・・・
先月、覆われていた大きな布が取り外され、巨大な建物が出現しました。
「これが、億ションかぁ・・・」
コチサは感嘆の思いで見上げました。
先週の事です。
その日は、何か仮式典でも行われるようで、建物の入り口に紅白の幕が横長にズラーっと取り付けられていました。
そして、いつもの作業服姿の顔見知りの人たちの衣装が、○○警備のようなガードマンの制服の衣装に変わっていました。
彼らガードマンの一団が整列する中、式典の為の来賓であろう人たちの車が、続々とやってきます。
その誘導をするのは・・・やはり彼女です。
彼女もまた、ガードマンの制服に身を包み、一つの無駄も無い動きで、次から次にやってくる車を誘導していきます。
この巨大な建物の建築に、どれだけ多くの人たちが関わっているのかは、想像だに出来ません。
しかし、建物の内部の作業に触れることは無く、一年半の間、歩行者と一般車両の安全の為に道路に立ち続けた彼女も、この建物を作ったまぎれもない一人です。
毎朝その道を通るので、会うと黙礼くらいする仲になっていたコチサは、その朝、思い切って声をかけてみました。
コチサ
「おめでとうございます」
彼女の笑顔と、爽やかな声が響きます。
「ありがとうございます。長い間のご協力感謝いたします」
その声は、完成を祝って建物の周辺を飛び回る白い鳩のように、いつまでも空間にこだまし、やがて大空に吸い込まれていきました・・・
コチサは、また一つ大きな大きな贈り物を貰ったようで・・・
あぁコチサの人生って、こういう素晴らしい人たちに巡り会う為にあるのかもしれない・・・
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