No.110 2001.7.2
いつもおんぶしてぇ〜たぁ〜可愛い小さな子ぉ〜
陽は昇り、また沈み、時うつる
喜び悲しみをのせて流れ行くぅ〜♪
という主題歌で有名な、
「屋根の上のバイオリン弾き」
帝劇創立90周年記念公演の千秋楽を、「コチサ芸域拡大委員会」の会長オーさんのご招待で観劇させていただきました。
それもお約束のS席で・・・
森繁さんのテヴィエから、西田敏行さんのテヴィエへ変って、きっと全体的なトーンやカラーは変ったのでしょうけど、初めてみるコチサにはそんな事はわからず、ただただ感動の大満足でした。
しかし・・・
S席は良かったのだけど、後ろのおばさまが・・・
まだ劇の真っ最中から・・・
おばさま
「なーに、やっぱりまだまだね。森繁さんの時と比べたら・・・」
コチサ(独白)
「ん?なんだ、このおばさんは?」
思わず振り返ると、派手な衣装に身を包んだおば様が、お付きのように隣に座る若い男性に話しているところです。
若い男性
「はー、そうなんですか」
おばさま
「そうよ全く、全然チームワークがとれていないわ」
若い男性
「はぁー」
しかしお芝居は・・・
素晴らしい構成と、西田テヴィエの台詞ともアドリブとも付かない微妙な演技に、観客は笑ったり泣いたり・・・
確かに、森繁テヴィエはもっと威厳のあるテヴィエ像だったのだと思います。
森繁さんが、西田さんのような演技をするとは思えませんから・・・
でもコチサは、そんな事はお構いなしに、笑って喜んで引き込まれて・・・
しかし、良い所になると、おば様の声が・・・
おばさま
「ほら、ここ、こんな大事なところを・・・まだまだ甘いわね」
若い男性
「はぁー、そういうもんですか・・・」
おばさま
「そうよ、そういうものなのよ。あなたもいずれわかるわ」
コチサにも、背中の席で行われている、もう一つの人生ドラマの筋書きがだんだん読めて来ました。
このおばさまは、以前森繁テヴィエの時の出演者だったようです。
そして、上條恒彦さんのテヴィエを経て、現在の西田敏行さんのテヴィエに移っていく間に、きっと何らかの事情があって、このおばさまは舞台の上に立つ立場から、観客席に座る立場になったようです。
そして、このおばさまはその新しく変った立場には、あんまり満足していない様子です。
舞台が佳境を迎えクライマックスに・・・
コチサも思わず涙が溢れて・・・
大観衆のうねるような拍手に包まれて、幕が下りました。
コチサ
「素晴らしい、感動だ、西田テヴィエ、すごいぞ。出演者のみんなもすごいぞ!」
そんなコチサの感動のつぶやきが、後ろからの言葉にかき消されました。
おばさま
「ふん、感動も何もあったもんじゃないわね」
さすがにコチサもムッっと来ました。
「おばさん!、おばさんに何があったかはしれないけど、人の心に水を指すような発言やめなよ。おばさんだって、それでどれだけ満足するの?返って悲しくなるんじゃないの」と、後で言ってやろう!
今は、カーテンコールだから、コチサは出演者の方に精一杯の拍手を送ろう。
後ろのおばさんが何を言っても、感動しているお客さんがこんなにいることを、知らせてあげよう。
カーテンコールが終わって・・・
本来ならこれで会場の照明がついて終わりのはずなのに・・・
千秋楽だったので、出演者全員と観客が一緒になって、テーマ曲「サンライズ・サンセット」を歌うサービスがありました。
三度舞台に揃う出演者たち・・・
舞台と、観客の歌い声が会場を包みます。
いつもおんぶしてぇ〜たぁ〜可愛い小さな子ぉ〜
いつか大きくなった二人〜
コチサも負けずに大きな声で歌います。
相変わらず、コチサの歌声は音程を微妙にはずしているようですが気にしません。
こんなに大きくなってぇ〜、立派になったのかぁ〜
昨日までは、小さな子がぁ〜
後ろから、素晴らしい歌声が聞こえてきました。
時にその声は、舞台の声と同じくらい臨場感を持って響きます。
振り返ると、あのおばさまが、大きな声を張り上げ、舞台を真正面に見据えて歌っています。
コチサはそのおばさまの姿に、何年か前には、舞台にたって同じ歌を同じように誇らしく歌っていたかつての姿を見たような気がしました。
何があったかはわからないけど、おばさまにとっては不本意な形で舞台を降りたのは間違いがないようです。
自分が離れた舞台を見て文句をつけているのは、あんまり感心された事ではありませんが、このおばさまは文句だけつけてさっさと帰ることも出来たのです。
でも、舞台を降りて客席にいても、思い出の歌だけは一生懸命な姿で歌っている・・・
おばさまにとっては、この舞台は人生の中でとても大きな柱で、今はいろいろな思いに揺れながら自分なりの折り合いをつけようとしているような気がしました。
もしかしたら、おばさまはいつの日かまたステージに立つ日を夢見ているのかもしれないし、もしかしたら新しい仕事や生き方への夢があるのかもしれない。
舞台を見て出たおばさまの文句は、今まだその次の夢への「夢の途中」にいる自分への文句だったのだと思うことにしました。
おばさまの上手な歌に聞きほれて、ボーと振り返っていたコチサにおばさまが気づきました。
コチサがにっこり笑うと、おばさまも少し照れたように微笑んでくれました。
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