No.163 2001.11.2
山上のおばあちゃん(No.134も読んでね)が亡くなりました。
山の上の家ではなく、老人ホームでした。
何十年も山の上のお家で生活をしてきたおばあちゃんにとって、老人ホームは馴染めなかったのかもしれません。
久々に戻ってきた山の上の自宅ですが、山上のおばあちゃんはそれを見ることは出来ません。
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コチサはそれ以上聞くのはやめました。
誰が悪い、何が悪いという話はしたくないし、聞きたくなかったし、何がどうなっても山上のおばあちゃんが目を覚ますことはないんだから・・・
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コチサ
「明日も行くの?」
お母さん
「お葬式やからな」
コチサ
「町の人たちは?」
お母さん
「みんな来てくれるやろ」
コチサの田舎がまだまだ村だった頃、町から嫁いで来たおしゃれで美人の山上のおばちゃん。
コチサたち小学生の憧れの的でした。
きれいな言葉使いで、丁寧な物腰、子供たちの誰からも好かれた山上のおばちゃん。
でもその裏では、この村に馴染むのに、人一倍笑顔を絶やさず、愛想を振り撒き、積極的に会合や集会に出席するという、辛い努力を惜しまなかった山上のおばちゃん。
何十年もかかってやっと村の一員としてほっと一息という時、今度は息子さんが村人達の集いに出ないことで、また村八分の危機に・・・
でもある日、何時間もかけて一人杖をついて山を降りて集会場に顔を出した山上のおばちゃん(もうその頃はおばあちゃんだった)は言いました。
「今日は息子が参加出来なくて申し訳ありません。今後も息子は参加しないかもしれません。でも集会には私が出席します。この村の一員としてどんな事があっても私が出席します。だから山の上の私たちの家族を忘れないで下さい」
その一言で、みんなの目が覚めました。
まだ「村」だった頃、隣の「町」から嫁いで来て、この村が「町」になるのを一緒に頑張った山上のおばあちゃん。
いつのまにか、この町の顔になり、誰からも好かれていた山上のおばあちゃん。
長い年月ですっかり曇ってしまったそんな事実をみんなが思い出しました。
その夜は、我先にとみんなが山上のおばあちゃんを車で送りたがって車の長い列が出来ました。
おばあちゃんの山の上の家から、集会場にかけてヘッドライトが星の瞬きのように繋がりました。
それは、神さまのくれた流れ星のようにも見えたし、山上のおばあちゃんの涙のようにも見えました。
でも、長い長い山上のおばあちゃんの苦労は、着実に山上のおばあちゃんの体を蝕んでいたようです。
あの時のように、今回も山上のおばあちゃんは、長い長い車のヘッドライトの列に送られて山の上の家まで運ばれたのでしょうか?
数ヶ月ぶりに戻った山の上の家で眠る山上のおばあちゃんの事を考えた時、コチサはあることに気が付きました。
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コチサ
「山上のおばあちゃん、心残りあるよね。とっても大きな」
お母さん
「大丈夫やで、ここらへんの人みんな気がついちょる」
コチサ
「大丈夫かなぁ。コチサ、山上のおばあちゃんが亡くなってまで悲しい思いをするのは嫌だなぁ」
お母さん
「サチコ、永遠には続くもんやないけど、人間には「徳」というもんがあるんや。健二さんには、山上のおばあさんそのものが「徳」だったんや。だから町の衆の心に山上のおばあさんが生きとる限り、健二さんの事は理解して助けてあげるはずや」
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健二さんというのは、山上のおばあちゃんの息子さんです。
学者肌で、一切の町内付き合いが苦手な息子さんのことです。
健二さんのことが、山上のおばあちゃんにとっては、何よりも気がかりな後ろ髪を引かれることだったはずです。
でも、山上のおばあちゃんの生前の何十年の努力は、こういう形で人々の心に残り、山上のおばあちゃんが亡くなってもちゃんと報われていくんだと思うと、なんか嬉しくなってきました。
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お母さん
「・・・でもなぁ、この「徳」も健二さんまでやろ。もし健二さんが結婚でもして子供が出来ても、その子までは山上のおばさんの徳は続かんかもしれんなぁ」
コチサ
「大丈夫だよ、お母さん。人は変わるもんだよ。特に結婚したり、子供が生まれたりなんかの大きなきっかけがあれば変わって行くよ。それになんだかんだ言っても健二さんだって、山上のおばあちゃんの血を引いているんだから・・・」
お母さん
「田舎暮らしは、大変やなぁ。お前が東京に行ったんは良かったことかも知れんなぁ」
コチサ
「お母さん、何処だって大変なんだよ。でも結局はみんなそれを乗り越えて、血となり肉となって大きくなっていくんだよ」
お母さん
「そやなぁ・・・そういえば・・・」
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山上のおばあちゃんの家の台所、近所のおばさんたち(コチサのお母さんも含む)が弔問客に備えて握り飯を作っている時、健二さんがプラっと入って来たといいます。
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健二さん
「みなさん、今日はありがとうございます」
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そう言ってまたプラッと部屋に戻って言ったそうです。
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お母さん
「・・・そういえば私、健二さんの声、初めて聞いたわ」
コチサ
「ねっ、コチサの言う通りでしょ。大丈夫なんだよ。だって世の中、良い方向にしか転ばないんだから」
天国に行った、山上のおばあちゃん。
だから何にも心配いらないから、安らかにゆっくりゆっくりお休み下さい。
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