No.182「くるみ割り人形」  2001.12.25

 写真・・・「くるみ割り人形1/パンフレットより」

 レニングラード国立バレエ「くるみ割り人形」を見てきました。

ライン

 お母さん

 「お前がバレエを見るなんてなぁ。自分の子供やないみたいや」

 コチサ

 「コチサも・・・バレエなんて別世界の出来事だと思っていたよ」

 お母さん

 「お前が子供の頃、隣村に村田英雄さんが来る言うてなぁ。あん時もお前行きたがって、お父さんがオンブして連れて行ったんよ・・・お前すっかり気に入ったみたいでなぁ・・・帰って来てからも暫く「王将」を唸っていてな・・・」

 コチサ

 「も、もういいよ。そんな過去のこと・・・そんな田舎娘もバレエを鑑賞するようになったということさ」

 お母さん

 「おかしな世の中になったなぁ。で、面白かったんか?どうせ何がなんだかわからなかったんやろ」

 コチサ

 「し、失敬だなぁ・・・でもね・・・」

ライン

 写真・・・「くるみ割り人形2/パンフレットより」

 「コチサ芸域拡大委員会」のおかげで、舞台と言えば村田英雄さんや北島三郎さんが10年に一度来てくれるかくれないかという田舎の娘が、レニングラード国立バレエの中央席の前から4列目という特等席に座るという摩訶不思議な出来事が事実になってしまいました。

 こんな立派な公演、コチサは初めてです。

  音符のライン

 全2幕の「くるみ割り人形」

 1幕目は、緊張と興奮のワクワク気分で一心に舞台を見つめていました。

 そしてやはり感動しました。

 写真・・・「くるみ割り人形3/パンフレットより」

 特に人形役の「アレクセイ・クズネツォフ」さんというダンサーの動きと筋肉の鍛え方には言葉もありませんでした。

  音符のライン

 拡大委員会会長

 「どうでしたか1幕終わってコチサさん?」

 コチサ

 「言葉もありません。これが芸術というものでしょうか。感激の至りです」

 会長

 「まだ2幕があります。2幕はガラッと雰囲気が変わりますからまた楽しんで下さい」

 コチサ

 「御意」

  音符のライン

 そして2幕。

 写真・・・「くるみ割り人形4/パンフレットより」

 今度はコチサも落ちついて冷静にいろいろな事を観察する事が出来ました。

 もともと芸術よりも人間模様に興味を持ってしまうコチサです。

 超満員のお客さんからみれば、王道ではない鑑賞をしていたのかもしれません。

 「くるみ割り人形」2幕は、物語性よりも踊りの美を魅せるステージです。

 観客席からも「ブラボー!」「ブラボー!」の声が飛び交います。

 2幕はほとんどが舞踏会のシーンです。

 写真・・・「くるみ割り人形5/パンフレットより」

 馴染みのバレエ衣装に身を包んだ数十人の男女が、華麗な踊りを繰り広げます。

 そしてその後、その大勢の男女はその舞踏会の招待客として舞台の上手と下手に分かれ、中央ステージに登場する姫と王子のダンスを見ている役としてそのまま舞台に残るのです。

 写真・・・「くるみ割り人形6/パンフレットより」

 舞台はこの多数の男女のダンサーをはべらせ、ソロやペアで踊る主役二人にスポットが浴びせられます。

 姫マーシャ役は、エレーナ・エフセーエワさんと言います。

 プロフィールによると10数年に一人の逸材、まだこのバレエ団に入って数年でこの主役の座を射止めたと書いてあります。

 素人のコチサの目から見てもその素晴らしさがわかります。

  音符のライン

 でもコチサは気が付いてしまいました。

 舞台上手の招待客役の踊り手の女性が、エレーナさんが踊っている間中、隣の同じく踊り手の女性に話しかけているのです。

 最初はそれも演出かなと思いました。

 しかしどうやら違うようです。

 明らかに私語です。

 レニングラード国立バレエともあろうものが、そんな事があるなんて・・・

 コチサの所属した小さな劇団でさえ、どんな端役でも舞台上では血管の一部。

 ちゃんと末梢神経まで血を流せるように役に成りきって張りつめた演技をするのは、「基本の基」です。

 きっと、日本公演ということもあり、照明も中央のエレーナさん中心だったし、ちょっとだけ気が弛んでしまったのでしょう。

 でもそのおかげでコチサは、大変勉強になるものを見せていただきました。

 その私語の人をきっかけに、コチサは舞台中央のエレーナさんを見つめる全てのバレリーナの皆さんを注意して見ることにしたのです。

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 ある人たちは、エレーナさんを憧れの目つきで見ています。

 コチサには、

 「いつか私も、あの役をするんだ」

 という強い決意を焼き付けているように見えました。

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 ある人たちは、明らかに批判的な厳しい目でエレーナさんを見ていました。

 コチサには

 「私だって負けていないのに」

 という強いライバル心の火花が散っているように見えました。

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 そしてある人たちは、遠い目をしてエレーナさんを見ていました。

 コチサには

 「私にもそのチャンスはあったのに」

 というかつてその座を戦った別のダンサーを、エレーナさんを通して見ているように見えました。

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 そして驚いたのがその場にいた誰一人として、お姫さま役のエレーナさんの踊りを笑顔で見つめる招待客という本来の演技をしていないように見えたことです。

 それはコチサが劇団で何度と無く見て来た、まさに「稽古場」の雰囲気なのです。

 稽古場では、こんなシーンは日常茶飯事です。

 主役の演技を車座になって見つめる。

 演出家によっては、わざとそうして役者たちの競争意識を煽ったりする人もいます。

 でも、まさか舞台の上までは・・・

 舞台の上では、心底役に成りきりお客様に向けて演技をします。

 それがプロフェッショナルだとコチサは思っていました。

 でも、この人たちは稽古場での主役を見つめる厳しい目を、舞台まで持ち込んでいました。

 人生を賭けた稽古場での戦いを舞台まで持ち込んでいるのです。

 そこからコチサに伝わって来たメッセージは、「芝居」を超えた「生身の人間の戦い」でした。

 この人たちは、演技をする自分を見せているのではなくて、バレエに命を賭けている自分そのものを見せているのです。

 写真・・・「くるみ割り人形7/パンフレットより」

 勿論、お芝居とバレエは違うものだと思います。

 どちらが良くてどちらが悪いという問題では無いと思います。

 そしてステージの中央ではそんな厳しい視線を受けながら、エレーナさんが凛としてその視線を跳ね返す踊りを見せていました。

 その視線があるからエレーナさんも、もっと上を目指して輝くことが出来るのでしょう。

 コチサの中で、プロフェッショナルの概念が変わった気がしました。

 この人たちがステージの上で見せてくれるのは、バレエという完成されたドラマではなくて、バレエというドラマを通して命がけで生きる人間の姿なのだと思いました。

 さすがに私語はいただけませんでしたが、何かを通して「人間そのものを見せる」・・・

 これもまたプロフェッショナルだと思いました。

 そしてステージ上でそれが出来る程、自分に誇りがあり、バレエに捧げる命がある・・・

 そんな姿を学んだ気がしました。

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 「こんな舞台もあるんだ」

 「それが出来る人たちがいるんだ」

 コチサは、新しい思いに心の底から力と希望と勇気が沸いてきました。

  音符のライン

 カーテンコール・・・

 そこには万雷の拍手を浴びるエレーナさん以上に、背筋を伸ばし胸を張って観客に誇らしげに挨拶をする、招待客役のバレリーナさんたちがいました。

 写真・・・「くるみ割り人形8/パンフレットより」

 それぞれが誇りと自信をみなぎらせています。

 これもまた、末梢神経まで隅々に血液が流れている一つの舞台の姿なのでしょう。

 「ブラボー!」

 の声が大きく響きます。

 コチサも、そのバレリーナさんたちに「ブラボー!」と声をかけたかったのですが、ちょっと照れてしまってかけず終いに終わりました。

  音符のライン

 年が明けた1月、コチサは同じ「レニングラード国立バレエ」の「白鳥の湖」の公演に再び出没します。

 今度はどんな発見があるか、そして今度は大きな声で「ブラボー!」と言えるのか・・・

ライン

 写真・・・「くるみ割り人形9/パンフレットより」

 すっかり良い気分になった帰り道、コチサは鼻歌を歌っている自分に気が付きました。

 GIFアニメ・・・ブルーの音符吹けばぁ飛ぶようなぁ、将棋ぃの駒ぁにー

 あれ?

 これって村田英雄さんの「王将」じゃん(>_<)


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