街の景色が変わっていきます。 コチサの事務所から歩いて10分の所に、「アイ○○○産業」という古くからのディスカウントショップがあります。 まだ100円ショップやリサイクルショップがこんなにブームになる前からあって、地元の人には重宝されていました。 実は事務所のミニコンポやテレビ、お客様用の湯飲み、ファックス用紙などもここで仕入れていました。 とにかく何でもあって安いので、うまく買えばお得です。 店は古くて綺麗では無いので、100円ショップのようについあれこれ買ってしまう誘惑は少ないです。 目的を持って行けば良い買い物が出来ます。 このお店は狭い通りの一画に面していて、開店時は歩道の半分くらいにまで荷物を広げてしまうので、このお店に用がない人には通行に不便です。 店主のおじさんは、店内はアルバイトか家族と思われる従業員に任せ、自分はいつも大きく商品を広げた道路を背にして、ガードレールに腰をかけ煙草をふかしています。 呑気なおじさんだなぁと思っていたのですが、実はある時気が付きました。 このおじさんの目が怖いんです。 商品を眺めるお客さんを始めから疑うような目で見ているんです。 初めてその目で見つめられた時、コチサは気分を害しました。 どう対応しようかと迷ったのですが、取り合えず文句を言うより笑顔を向ける事にしました。 コチサ 「良い天気ですね」 店主のおじさん 「あっ、あぁ、そうだね」 コチサ 「今日は見るだけです」 店主のおじさん 「あっ、あぁ、どうぞどうぞ、ゆっくり見て行ってよ」 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: おじさんの目が笑いました。 澄んだきれいな子供のような目に変わりました。 それからコチサとは、店に行けば笑って挨拶を交わすようになりました。 でも、普段のこのおじさんは、やっぱりガードレールに腰をかけ煙草をふかして、探るような眼差しでお客さんを見ています。 そしてある日、恐れていた事が・・・ :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 青年 「いい加減にしろよ、おやじよぉー」 店主のおじさん 「な、なんですか?」 青年 「こっちはただ商品見てるだけだろ、何だよその目は、最初から人を万引きを見るような目で見てよぉー」 店主のおじさん 「そ、そんなことないです」 青年 「ふざけんじゃねぇよー」 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 別なお客さんのおばさんが割り込んできました。 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: おばさん 「そうよ、いつもそこに座って、客を始めから疑った目で見てるわ」 店主のおじさん 「い、いやそういうわけじゃ・・・ただ万引きがあまりに多いんで」 青年 「俺は万引きじゃねーよー」 おばさん 「そうよ。それなら、こんなに荷物を道路に広げなければいいじゃない」 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: この後も、従業員を巻き込んでちょっとした小競り合いが続きました。 嵐が一段落した後、こっそりその場を立ち去ろうとしたコチサとおじさんは目が合ってしまいました。 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 店主のおじさん 「見てたのかい?」 コチサ 「えぇまぁ」 店主のおじさん 「おじさん、そんな酷い目でお客さんを見てるかい?」 コチサ 「えぇまぁ」 店主のおじさん 「いけないなぁそれは、わかっているんだけど、そうなのか、そうなっちゃってるのかぁ」 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: おじさんの問わず語りによれば、おじさんの店は個人経営の店だから、大手のディスカウントチェーンのようにあらかじめ万引きの損失を計算して経営を考えるような事はしていない・・・ そんな事をしたら大手に対抗できる金額でものを売る事なんて出来ない・・・ 少しでも安く、喜んで買ってもらえれば良いと思っているのに・・・ :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 店主のおじさん 「そうかぁ、そんな顔をしていたかぁ・・・それじゃお客さんに喜んでもらうなんて出来ないなぁ・・・でもうちの店に万引きは死活問題だからなぁ・・・ただでさえ苦しい時期なのになぁ・・・」 その後一週間、おじさんは道路に立たなくなりました。 でも次の日曜日 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 店主のおじさん 「やぁいらっしゃい」 コチサ 「また、道路に立つことにしたんですか?」 店主のおじさん 「あぁ、やっぱり誰かが見てないとダメでね。どう?おじさんやっぱり酷い目をしてる?」 コチサ 「えぇまぁ」 店主のおじさん 「そうかぁ、でもまぁしょうがないな。おじさんはここに立たなくちゃならないんだから」 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: それはコチサに言うというよりも、そう自分で自分に言い聞かせているようでした・・・ 近所におしゃれな100円ショップやリサイクルショップが出来て、お客さんの流れは少しずつ変わっていっていました。 コチサ 「あーファックス用紙が無くなった。アイ○○○産業行ってくるねぇー」 歩いて10分の距離は自転車なら2分です。 コチサは、自転車を飛ばしました。 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 謹告 本物件は破産宣告により差し押さえられました。 管財人○○○○ :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: お店はまるでもう何年も人が住んでいなかったように、吹き溜まりになりゴミや枯れ葉が吹き込んでいました。 全て朽ち果てたような建物の中で、その張り紙だけが真新しく生きているようでした。 コチサ 「おじさん、破産しちゃったんだぁ・・・今どこにいるんだろう?」 帰りの道は今来た道よりも長く感じました。 破産しちゃうとどうなっちゃうんだろう? 良いことは一つも無いことはわかっていますが、それでもコチサは思いました。 もうあのおじさんは、あんな目をしなくて済むんだ。 本来の優しい澄んだ目に戻れるんだ。 コチサは良かったねと、心の中で呟きました。 |
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