本格的な暑さがやってきました。 冷房の効いた事務所の窓から見下ろす街並みは、青葉がさざめき、自転車の人たちが颯爽と駆け抜けて、爽やかな光景です。 でも、つい外にでも出てみようものならもう大変です。 蒸し暑くてたまったものではありません。 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: コチサ 「つまり、世の中はこうして景色として眺めているのが一番ってことだね」 社長 「ほうー、達観したね」 コチサ 「なんの、なんの」 社長 「じゃぁ、振込みをお願いしようかな?」 コチサ 「だからぁ!こんな蒸し暑い時は、景色を眺めてるのが一番って言ったでしょ」 社長 「今日は5日だから、益田沙稚子さんへのギャラの振込みがあるんだけど、やめておくか」 コチサ 「行ってきます!」 事務所の前の通りの坂道を下る途中に、クリーニング屋さんがあります。 その2階の窓から、おじいちゃんがいつも顔を出しています。 コチサはこのおじいちゃんの元気な頃を知っています。 ちょっと困ったおじいちゃんでした。 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 1階のクリーニング屋さんは、このおじいちゃんの息子夫婦が経営していました。 某有名クリーニングのフランチャイズ店です。 息子夫婦はこのフランチャイズの決まりを守り、一生懸命仕事をしていたのですが、ある夏の日、その店の前にスイカが3玉、キャベツが2玉置いてありました。 そして直置きされた地面には、ダンボールで値札が・・・ コチサの田舎では良くある光景です。 お店では何でも売るものなのです。 それがお店だからです。 でも東京に出てきて○○年、いっぱしの東京通を気取るコチサには、これはこの街では通用しない事だなというのがわかるようになりました。 案の定、スイカも果物も全く売れずに、人々は困ったものを通り過ぎるように避けて歩いていきました。 早朝散歩の時、コチサはおじいちゃんがリヤカーから新しい野菜をおろしているのを見かけました。 風の噂に聞くと、おじいちゃんはかつて八百屋さんで、このクリーニング屋さんも、おじいちゃんが八百屋さんを閉めた後を継いだものだそうです。 おじいちゃんは、八百屋さんはやめたけど、まだツテがあるから、こうして毎日少しずつだけど生活の足しになればと野菜を仕入れてくるのでしょう・・・ でも道路に直置きでは、野菜にもクリーニング屋さんにもプラスにはならない気がしました。 クリーニング屋さんの前のプチ八百屋さんは、一週間くらい出店しないかと思うと、またいつのまにか出店してたりしました。 コチサはその不定期な商品の出現に、説得する方とされる方、おじいちゃんと息子さんの葛藤が表れている気がしました。 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: おじいちゃん 「なんで、野菜を売ったらいけないんだ」 息子さん 「おじいちゃん、気持ちはわかるけど、もう店は僕たちに任せて・・・」 おじいちゃん 「任せてある。わしはただ片隅で、欲しい人に売るだけの野菜を置いているだけじゃ」 息子さん 「今はそういう事はだめなんだよ。特にここはフランチャイズでね。約束事がいっぱいあるんだ」 おじちゃん 「自分の店が金を稼ぐのを止めさせる約束事なんて、あるはずがないわい」 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: ・・・そんなやり取りを想像していました。 そして・・・ いつの頃からか野菜は全く姿を見せなくなり、このクリーニング屋さんは他のフランチャイズ店と同様の店構えと色合いで街の景色に染まっていきました。 :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: コチサが、2階の窓から体を乗り出さんばかりに顔を突き出しているおじいちゃんの存在に気が付いたのはそんな頃です。 ある日、おじいちゃんは倒れてしまい、歩くことが出来なくなっていたのでした。 もう野菜を仕入れてくることは出来ません。 あのリヤカーはどうしたんだろう? こんな形で決着が付くなんて、コチサはちょっぴり悲しい気がしました。 おじいちゃんの家のクリーニング屋さんは、坂道の途中にあります。 窓から顔を覗かせて一心に外を見ているおじいちゃんは、いつも坂道の下の方を見ています。 そしてその坂を登ってくる人を目で捉え、ずーと追いかけます。 決して、坂道を下ってくる人には目を向けません。 その方向は、おじいちゃんの倒れた時の障害に関係があって、単に反対側に目を向けるのが難しいだけなのかもしれません。 でもコチサは、それがおじいちゃんが今も坂道を登ろうとしている人だからと思うことにしました。 坂道を登る人を目で追いかけて、自分も一緒にもう一度人生の坂道を登ろうとしているんだ、と思うことにしたのです。 コチサ 「只今ぁ〜」 社長 「お帰り」 コチサ 「あのさぁ、坂道の途中のクリーニング屋さん、閉店したの知ってた?」 社長 「あぁそう言えば、貸店舗の張り紙があったね」 コチサ 「おじいさん、今日も2階から覗いてたよ」 社長 「良い店子さんが入るといいね」 コチサ 「息子さん夫婦はどうしたんだろう?」 社長 「さぁどうしたんだろうね?」 コチサ 「・・・」 社長 「・・・」 コチサ 「なんかお使い行こうか?」 社長 「どうしたの?帰ってきたばかりじゃん。それに世の中は景色として眺めているのが一番じゃなかったの?汗もかかないし」 コチサ 「いや、それはまだもう少し先にしようと思って・・・ねぇ今度は坂道の上のほうの用事ないかな!」 |
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