コチサ
「やぁ?」
有森さん
「?(誰)」
コチサ
「写真をお願いします」
有森さん
「はい」
コチサ
「ついでにサインも」
有森さん
「(ついでかい^-^;)はい、どうぞ」
コチサ
「ありがとう(^o^)」
ということで、笑顔の有森さんとそのサインです(^o^)
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さぁ今日は「第14回かすみがうらマラソン兼国際盲人マラソンかすみがうら大会」です。
ここは茨城県土浦市・・・
コチサは始発電車に乗ってやってきました。
コチサにとっては1年ぶりのフルマラソン、手術後の完全復活をアピールする待ちに待った晴れ舞台です。
事前の準備は万端、寝起きの体調も良好で、現地に乗り込んだコチサです。
気温16.8度、湿度77%というスタート前の状態が少し気になりましたが、コチサはそのために補給食を買い込み、給水ポイントの確認など、シミュレーションをしてきたので先ず大丈夫だろうと勇んでスタートラインに並びました。
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おじさんがコチサのウエストポーチをじろじろ見ます。
コチサ
「何ですか?あやしいですぞ(`_')」
おじさん
「いや、楽しそうですね。遠足のおやつみたい」
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これがその出発前のウエストポーチです。
向かって左から「ブドウ糖タブレット3袋」「オレンジ味グミ」「ビタミンCタブレット」「ビスケット補給食」「いちごみるくキャンディー」「日焼け止めクリーム」「おしぼりウエッティー」が入ってもうパンパン状態です^-^;
コチサのウエストポーチは網目状になっているので、その豪華な中身が華々しく注目をひいたようです。
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コチサ
「まぁこれが意気込みと言うものです」
おじさん
「頑張りましょうね」
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そして号砲と共に打ち上がる花火。
スタート地点でホバリングして撮影している新聞社のヘリコプターに、元気に手を振ってコチサは勢いよく飛び出しました。
快調です(^o^)
足が軽い(^-^)
好記録が期待でそうな予感(^O^)
このかすみがうらマラソン大会は、荒川マラソン大会ほど、給水ポイントが充実してはいません。
数も少ないし、置いてあるのもほとんどが水とスポーツドリンクです。
(まぁその為にコチサのウエストポーチが充実しているのですが・・・)
しかしその代わりに私設エイドステーションが充実しています。
民家の前に住民の方々が大きなテーブルを並べて、手作りの煮物や焼き物、おしんこなどの料理を振舞ってくれるのです。
コチサ
「何がいただけるか楽しみ楽しみo(^o^)o ワクワク」
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5キロのタイムは上々です。
10キロポイントまでは給水が無いと聞いていたのですが、8キロポイント手前に給水所が出ていました。
気温の上昇が肌で感じられるようになったので、急遽用意したのかも知れません。
この時期のマラソンなので、コチサも「暑さ対策」には充分注意を払うようにしようと決めていました。
普段ならこのポイントでは口に含む程度しかとらない給水を、コップ一杯無理をして飲み込みました。
コチサ
「どうせ汗になるから大丈夫だろう」
そう思って、その後の給水ポイントでもなるべく多くの水分を取るように心がけました。
暑さは徐々に強まり、太陽のギラギラが肌を突き刺すようになりましたが、コチサは「日焼け止めクリームを塗ってあるからしみにはならないさ」とお肌対策を考える状況で、この時はせまりくる現実に気づきさえしていませんでした。
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近隣の住民の人たちが、沿道で旗を振りながら応援してくれます。
事前に新聞が配られているので、ゼッケン番号と氏名を確認して、「マスダさーん、頑張ってぇ」と名前で応援してくれる人もいます。
名前で呼ばれると、嬉しさもひとしお、笑顔で会釈をして手を振って応えます。
ある老人ホームの前を通過した時は、ホームの前におじいさんやおばあさんが車椅子で一列に並び、旗を振って応援してくれていました。
民家の2階からは、子供たちが「頑張れぇ、頑張れぇー」と声を限りに叫んでいます。
車両制限の為に開店休業状態のガソリンスタンドでは、お兄さんが本来は車両誘導の為のお立ち台にのぼり、やはり車両誘導の為の大きな旗を、応援団のように振り回して「フレーフレー」と叫んでくれています。
暖かい優しさに、コチサの足も思わず力が入り、スピードがあがります。
給水ポイントでは、ホースからの水を頭からかぶっている人たちがいます。
コチサは水をかぶりこそしませんでしたが、給水所ではきちんと水を1カップずつ摂取していきました。
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そして折り返しポイントの21キロを超えた地点・・・
予定より10分も早いペースに、自己記録更新の夢は広がります。
しかしこの時、悪夢は知らず知らずにコチサに忍び寄ってきていたのでした。
25キロ地点・・・
最初の兆候が現れました。
胃がむかつき始めたのです。
水分を取りすぎて、水分が胃の中で暴れているのだと思いました。
そういえば、暑さ対策で最初から水分を取りすぎて失敗した人のレポートを読んだ事があります。
もしかしたらそうかも・・・
まずい、水分を控えなくちゃ・・・
27キロ地点・・・
突然の吐き気が襲ってきました。
コチサは慌てて側道の林に駆け込みました。
腰を下ろして吐こうとすると、何故か吐き気はおさまりました。
コチサは再び立ち上がって列に戻り走り始めました。
するとまた吐き気が・・・
そして・・・
めまいが・・・
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28キロ地点・・・
これまでで一番大きな、私設エイドステーションがありました。
テーブルを10メートル以上横に連ねて、一家総出でおもてなしをしてくれています。
蓮根の煮物(この土地の名産品です)、ほうれん草のおひたし、焼き梅干、野菜の煮付け、おにぎり、果物類、お菓子類・・・そして暖かいお茶・・・等々
ランナーの人たちが口々にお礼を言いながらむさぼりつきます。
コチサも焼き梅干と蓮根の煮物を一口いただきました。
もっと食べたかったのですが、人だかりが多かったのと、吐き気がおさまらない状況なので無理はできませんでした。
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そしてそこから100メートルほど行った時のことでした。
やはり民家の家先に、小さな小さな丸いテーブル一つだけが出ていました。
テーブルの上にはお皿が一つ、そこにはおにぎりがポツンと3つ置かれていました。
この手前にあれほど大規模な私設エイドステーションがあったので、この場所はランナーに見過ごされてしまいがちのようです。
玄関からおばあちゃんが一人、もう一つのお皿におにぎりを山ほど乗せて歩いてきました。
この私設エイドステーションは、このおばあちゃんが一人でやってるようです。
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コチサがテーブルの上に置かれたおにぎりをいただこうとすると、
おばあちゃん
「こっちの方が、今握ったばかりで暖かいからこっちをお食べ」
そういって、新しいお皿のおにぎりをくれました。
コチサ
「ありがとうございます。おいし〜。たけのこご飯だぁ」
おばあちゃん
「私の自慢料理だよ」
コチサ
「おばあちゃん、今日は朝からずーとこうやっておにぎり握ってくれているの?」
おばあちゃん
「あぁ、そうだよ。おいしいって喜んでもらえると嬉しいからね」
コチサ
「こんなおいしいたけのこご飯のおにぎりなんて初めてだよ」
おばあちゃん
「ここは私ひとりだけだからね。いろいろな料理を用意できないからね。せめて自慢の一品だけでもと思ってるんだよ」
コチサ
「本当においしい。もっともっといただきたいけど、走らなくちゃならないからこれで行くね、ごちそうさまでした」
おばあちゃん
「あぁ頑張るんだよ」
おばあちゃんはしわくちゃの手を振って、コチサを笑顔で送り出してくれました。
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コチサはこの時、長年の疑問が一つ解けたような気がしました。
それは
「おばあちゃんの握ったおにぎりは、どうしておいしいんだろう?」
というやつです。
きっとあのしわくちゃの手のせいだと思いました。
人生のいろんなことを受け止めてきた手のひら・・・
楽しいことも辛い事も全部受け入れて飲み込んだ手のひら・・・
それが証として皺という勲章になって刻まれています。
そんな手のひらに握られたおにぎりだから、おいしくないはずが無いのです。
おにぎりの味を噛み締めながら、コチサは学生時代の事を思い浮かべていました。
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高校の吹奏楽の合唱コンクール出場の為に、コチサたち吹奏楽部は夜汽車に乗って出発しました。
夜汽車なんてみんな初体験で、浮かれまくっていました。
トランプやおしゃべりで盛り上がり、少し疲れてきて、さぁ夜食でもという事になりました。
コチサはその時、何故か吹奏楽部員憧れの先輩の隣の席に座っていました。
コチサは、リュックからニコニコとお母さんが握ってくれたおにぎりを取り出しました。
お母さんは、コチサのリクエストで大きめのおにぎりを握ってくれていました。
それでもコチサの口には3口でおさまってしまいました。
コチサ
「お母さんたら、もっと大きいのにして欲しいよ、全くぅ」
そう文句をつけながら、コチサは世界一美味しいお母さんのおにぎりを味わっていました。
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ふと横を見ると、先輩は何も食べていません。
コチサ
「あのー、おにぎり食べます?」
先輩
「それ、人が握ったやつでしょ」
コチサ
「うん、お母さんが握ったんだ、美味しいですよ」
先輩
「君に言っとくけどね、僕は人が手で握ったものなんか食べないんだ。衛生上好ましくないからね」
コチサはこの時、心の底から悲しくなりました。
でも笑いました。
ここで泣いたら、お母さんを傷つけることになる気がしたからです。
笑ってこの失礼な言葉を吹き飛ばしてやる事が、お母さんのおにぎりに対する礼儀だと思ったのです。
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あれから20年近く経ちます。
その間にコチサにも、いろいろ嫌な事がありました。
でも、時が全てを洗い流してくれました。
時間と共に、出来事は風化していくし、コチサもいろいろ学んで大人になっていくからです。
それに性格的に、いつまでも嫌な事を覚えていたり、恨み続けたりする根気が無いせいもあります。
そんなコチサが、唯一つ、いまだに許せない出来事がこのおにぎり事件です。
「あの先輩は、ただカッコがいいと思ってそう言っただけなんだ」
「あの先輩にも、あの先輩を愛する両親がいるんだ」
そこまでわかっても、どうにもおさまらず、コチサの中で折り合いのつかないのが「おにぎり事件」なのです。
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コチサ
「なんで、晴れのマラソン大会の最中に、こんなネガティブな記憶が蘇ってきたんだろう?」
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それは、後半の地獄の戦いの予兆だったようです。
この時、気温は20度を超え、湿度は80%を超えていました。