(表彰ステージ)
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おばあちゃんの「たけのこご飯」のおにぎりで、なんとか30キロ地点に到達したコチサですが、ついに足が止まりました。
吐き気と、めまい・・・
そしてこの高温の条件下なのに冷たい体・・・
再び側道にそれてしゃがみこみました。
そのコチサを見つけた大会スタッフさんが声をかけてきました。
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大会スタッフさん
「どうしましたか?大丈夫ですか?」
コチサ
「・・・」
コチサの体に触れる大会スタッフさん
「冷たいですね」
コチサ
「・・・」
大会スタッフさん
「こちらでお休み下さい」
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コチサは日陰に誘導され、椅子に座らせられました。
大会スタッフさんは自分が着ていた青色の大会ジャケットを着せてくれました。
大会スタッフさん
「吐き気、めまい、体の冷え、熱中症の中ランクです。棄権をお勧めしますが・・・」
コチサ
「最初から水分補給は随分していたのですが・・・」
大会スタッフさん
「筋肉からも熱が出て熱中症は起こります。体に水をかけるなど冷やす事も必要です」
コチサ
「それやらなかったです。飲んでいればいいかと・・・」
大会スタッフさん
「現在気温は20度を超えました。随分倒れられる方が増えています。棄権をされる方もたくさんおります。棄権をされてはいかがでしょうか?」
コチサ
「制限時間までまだ時間があります。とりあえず次の給水所まで行かせて下さい」
大会スタッフさん
「走りたいですよね。でもくれぐれも無理はしないで下さいね」
コチサ
「わかりました。ありがとうございます」
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続く給水所でも同じ事を繰り返したコチサは、結局30キロから40キロの10キロに3時間もかけてしまいました。
普段なら1時間を切る距離です。
この頃になると、もう水分も何も受け付けません。
お腹に巻いたウェストポーチが、ただの重い邪魔ものになっています。
コチサはウェストポーチを外し、肩にかけ腰の負担を少しでも軽くしました。
もう周りにはあまり人はいません。
この時間のこの場所では、棄権をするか収容車にピックアップされたかどちらかだからです。
コチサの横にも何度目かの収容車が横付けされました。
収容車の担当さん
「乗りませんか?もう後少しで道路封鎖が解除されますよ」
コチサ
「もう少しだけ行かせて下さい。お願いします」
係員さんたちの相談が聞こえます。
「足は大丈夫みたいだね」
「じゃぁ最終車に連絡だけ入れて・・・」
などと話した後に、
収容車の担当さん
「じゃぁ、無理をしないで下さい」
そう言って、走り去ってくれました。
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コチサの場合は熱中症の症状を示していたものの、他のランナーさんたちのように足にはきていなかったので、係員の方はピックアップを見逃してくれたようです。
四国の山猿として、たくましい力強い足に生んでくれた両親に感謝です。
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今度は、救急車がコチサに並びました。
救急隊員さん
「大丈夫ですか?搬送しましょうか?」
コチサ
「いや、まだ大丈夫です」
救急隊員さんは、やはりコチサの足を見て、
救急隊員さん
「そうですか・・・まだ係員はいますから、何かあったらすぐに言いつけて下さいね」
コチサ
「了解しました」
救急車には、すでに2名のランナーが乗っていて、コチサの乗る場所が無かった事も幸いして、コチサはこの回収危機も無事に乗り越えました。
あたりにはランナーがほとんどいなくなりました。
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そしてついにコチサの後ろに、パトカーがぴったりつきました。
パトカー
「こちらは警察署です。本日はかすみがうらマラソン大会への道路封鎖のご協力をありがとうございました。これより道路封鎖が解除されます。皆様のご協力に感謝いたします」
わぁーついに来た。
ゴールまで残り1キロ弱で、コチサはついに最終撤収車に迫られてしまったようです。
そしてその時、盛大な花火が打ち上げられた音が聞こえました。
コチサの目指すゴール地点の競技場からです。
6時間の制限時間が過ぎ、大会終了の合図です。
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コチサはこの大会、過去の実績や今回の調整などを考慮して、4時間15分のゴールタイムを設定していました。
そしてあわよくばサブフォーと呼ばれる3時間台を狙っていました(*^_^*)
それが今・・・
中度の熱中症にかかり(後で解説書を調べると、結構危険な状態だったとわかりゾッとしました)、ゴール1キロ前にして夢が打ち砕かれてしまいました。
件のパトカーが横付けされました。
コチサはもうやけくそでした。
「救急車に乗るのは嫌だ、収容車だって嫌だ、でもパトカーだったら乗ってもいいや」
そんな気持ちでした。
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おまわりさん
「すいません」
コチサ
「・・・」
おまわりさん
「道路封鎖が解除されてしまいました」
コチサ
「キッ(涙)」
おまわりせん
「走りたいですよね」
コチサ
「(コクッ)」
おまわりさん
「じゃぁ、すみませんが車に気をつけて歩道を走って下さい」
コチサ
「ありがとうございます」
おまわりさん
「あっ、それから」
コチサ
「ん?」
おまわりさん
「ゼッケンは外して下さい」
コチサ
「(ガーァーン)」
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屈辱です。
ゼッケンを外すという事は、もう大会参加者ではないということです。
大会とは関係なく、趣味のランナーが街を走っているということです。
コチサはゼッケンを止めていた安全ピンを外しました。
そして5766番のゼッケンを握りしめ、また一人トボトボと走り出しました。
曲がり角ごとに道に迷います。
もう係員も誘導看板も撤収されているからです。
オロオロしていると、民家から人が出てきて親切に教えてくれます。
トボトボトボトボ・・・
永遠に思える一人旅が続きます。
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ゴールの競技場が近づいてきたようです。
すでに着替え終わって帰路に向かうランナーたちとすれ違います。
ランナーたちは、コチサが握り締めているゼッケンに気づくと、暖かい言葉を掛けてくれました。
「がんばって、あと400メートルよ」
「もうすぐ、もうすぐ」
「来年も、絶対に来いよ」
自ら道路に立って交通整理をしてくれる人もいます。
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コチサはやっと陸上競技場にたどり着きました。
まだ残っていた競技者や大会関係者が、コチサに気づくと大きな声で応援と拍手をしてくれます。
かつてこういう光景を何度か目にした時、
ランナーはどんな気持ちなんだろう?・・・
恥ずかしいのかな?・・・
悔しいのかな?・・・
そう考えた事がありました。
まさか自分がそんな立場になるとは思っていなかった時のことです。
でも今、そのまさかが自分が起こり、その疑問が解けました。
暖かいんです。
嬉しいんです。
励まされるんです。
コチサは、その応援に後押しされ、笑顔でゴール地点を踏みしめました。
コチサ
「ん?鳴らない?」
ゴールしたのに、足につけているRCチップが反応してくれないのです。
大会役員さん
「ごめんね。記録計測は6時間を過ぎても20分まではとっていたんだけど、今は電源切っちゃったんだよ」
コチサ
「そ、そうですか・・・」
大会役員さん
「でもこれ、完走書。名前と記録は印刷されて無いけど、自分で書いてね」
コチサ
「はい、ありがとうございます」
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コチサの記録は6時間25分43秒でした。
あと5分早かったら、名前と記録が印刷された完走書がもらえたようでした。
晴れ渡っていた青空にはすでに夕日が忍び寄っています。
太陽は、去り行く人々を照らし、その長い影でいつまでも人々を競技場に押し留めていたがっているようでした。
コチサは大きく深呼吸をして、そのお日様に来年の雪辱を誓いました。
コチサ
「コチサは必ず雪辱する。でも来年はここじゃない。もうマラソンは3月までにする!」
手書きで名前と時間を記録した完走書。
これもきっとコチサの人生の大きな経験になるんだと信じる事にしました。
ふと気がつくと、コチサは20年近く前のおにぎり事件のあの先輩を、意気盛んな可愛い少年と笑えるようになっている自分に気がつきました。