No.655 「親友オカチャン」 2007.8.24
 一枚の写真があります・・・

 コチサの前に、一枚の写真があります。

 セーラー服姿のコチサと、お友だちのオカチャンが、二人で仲良く笑っています。

 二人とも、まるで舞台メイクのような濃い化粧をして写っています。

 コチサの田舎では、卒業シーズンになると、女子生徒の家に、地元の化粧品店数店からDMが届きます。

 「無料メイクサービスはいかがですか?」

 というものです。

 東京から、美容部員のお姉さんがやってきて、無料でメイクをしてくれるのです^-^;

 要は、こうやって大人の階段を上り始めた少女たちを取り込み、その後の末永いお付き合いを目論む戦略です^-^;

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 オカチャン
 「マッチャン、メイク券来た?」

 ※オカチャンもコチサも、お互い名前がサチコなので、呼び合うときは、マッチャン、オカチャンと苗字で呼びあう決まりでした^-^;

 コチサ
 「来たで(^o^)」

 オカチャン
 「今日、授業が終わったら、一緒に行ってみいへん?」

 コチサ
 「がってん了解のすけ(^o^)」

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 オカチャンとコチサは・・・

 そして、終業のベルと共に、オカチャンとコチサはお互いの自転車を走らせ、山道を駆け上り、市内へと向かいます。

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 コチサ
 「うぉぉぉ〜!!!オカチャン、一気に駆け上るぞぉぉぉ〜」

 オカチャン
 「よぉぉぉ〜し、両足のエンジン全開ぃぃぃ〜」

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 オカチャンとコチサは、死に物狂いで自転車をこいで、二つの山を越えます^-^;

 これじゃ足も太くなるはずです^-^;

 そして・・・

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 コチサ・オカチャン
 「こんにちはぁ〜(^o^)、メイク、お願いしまーす\(^o^)/」

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 この時の、はるばる東京からやってきた美容部員さんの情けない顔が、今でも忘れられません^-^;

 いくら商売のためとはいえ、わざわざこんな田舎まで来て、およそ化粧とはかけ離れた、顔中汗まみれの山猿2匹に化粧をしなければならないなんて・・・(^o^)

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 オカチャンの家は、コチサよりももっと山奥でした。

 コチサが小学校2年の時に、その山奥の分校が廃止され、12人の転校生がやってきました。

 そしてコチサの同級生になったのが、オカチャンでした。

 その時から、高校を卒業するまでの10年間、オカチャンとコチサは、毎日毎日山道で待ち合わせ、一緒に登下校をする、大の仲良しとなりました。

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 暑い夏を思い出します・・・

 中学の頃の、暑い夏を思い出します。

 お互いに、毎日100円のお小遣いをもらっていました。

 下校時に、二人は自転車をひいて、「ハタ店(「はたみせ」と言う^-^;)」に立ち寄ります。

 ここで、瓶のコーラとカレーパンを買います。

 コーラは、陽射しを避けながら、ハタ店のテントの影で飲み干します。

 (瓶を返さなくちゃならないからね^-^;)

 そして再び自転車を飛ばし、山道の麓まで来ます。

 そこから二人は自転車を降りて、押しながら、カレーパンを食べ食べ山道を歩きます。

 お互い、いろんな話をしました。

 家族のこと・・・

 勉強のこと・・・

 憧れの先輩のこと・・・

 長い長い山道でしたが、二人で話をしているとアッという間です。

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 でも長い年月一緒に登下校をしていれば、お互いに気分の悪い日だってあります。

 そんな時は、どっちも口を聞かずにコーラを飲み、カレーパンを食べながら、黙々と山道を登ります。

 それでも不思議なもので、次の日になれば、いつもの道にオカチャンは待っていて、また楽しい一日が始まります。

 「昨日はごめんね」

 とか、そんな会話は一切なしです。

 親友というのは、そんなもんなんだなとコチサが気がついたのは、ずーっとずーっと後になってからのことです。

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 「あんたたちは、本当に仲がいいねぇ〜」

 オカチャンとコチサは食べ物の好みが違ったので、お互いの家に遊びに行く時は、塩煎餅と大福餅をもって行き来します。

 相手の好物と自分の好物です(^o^)

 お互いのお母さんは、

 「あんたたちは、本当に仲がいいねぇ〜」

 と呆れていたものです。

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 学生時代を終えると、コチサは東京に出て、オカチャンは大阪に行きました。

 お互い貧しい中、それでも電話でやり取りしました。

 電話料金が高いので、

 「元気?」
 「元気だよ」
 「じゃぁねい」

 ガチャン!

 たったそれだけです。

 それでも、声を聞けたことが明日からの励みになりました。

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 オカチャンの結婚式には・・・

 オカチャンの結婚式には、真っ先に駆けつけました。

 旦那さんにオカチャンが取られる寂しさがあったけど、幸せそうなオカチャンの笑顔を見ると、心から嬉しくなったものです。

 コチサが独身を通している間に、オカチャンは二人の子供をもうけ、逞しいお母さんになっていきました。

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 一番のファンだと自慢していました・・・

 コチサの活動をいつも応援してくれ、一番のファンだと自慢していました。

 「楢山節考」の岡山公演には、楽屋まで来てくれたし、大きなお花を届けてくれました。

 年に一回の「奈良市吹奏楽団」のMCをいただけるようになってからは、ステージの度に会うことが出来ました。

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 ところが、去年・・・

 ところが、去年・・・

 忙しくて、事前に連絡をするのを忘れてしまったコチサは、当日奈良から電話をしました。

 オカチャンは悪そうに、

 「ごめーん、急すぎて、ちょっと見に行けそうもないや」

 と言いました。

 コチサは、悪そうに断るオカチャンに悪い気がして、来年こそは早めに連絡をしようと決めたものでした。

 ところがドジなコチサは、今年も忙しさにかまけて事前連絡をしませんでした。

 だから今年は、

 「まぁ、来年があるからいいや」

 と、連絡をしないで東京に戻って来ました。

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 でも・・・

 でも・・・

 来年はありませんでした。

 この夏、オカチャンはコチサに一言の相談もなしに、一人で逝っちゃいました。

 家族以外は誰も知らない、10ヶ月の闘病を経て・・・

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 オカチャンは、決して「誰にも内緒で一人で逝こう」などとは思っていなかったと思います。

 コチサも入院して手術をした時は、あまり人と会おうとは思いませんでした。

 いつもの元気な自分じゃないから・・・

 でも、元気になったら、これまでの出来事、あれも話そうこれも話そうと思っていました。

 だからオカチャンも、きっとそうだったと思います。

 「マッチャン、実はね・・・いろいろ大変だったんだから・・・」

 ところが、神さまは、そんな時間を与えてくれませんでした。

 オカチャンは、どこかの時点で自分には時間がない事に、気がついたかもしれません。

 でもそれはあまりに短くて、旦那さんや子供・家族たちへの気持ちを整理するにも足りない時間だったはずです。

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 手元の写真の山猿二人は、化粧が全く似合っていないへんてこりんですけど、幸せそうに笑っています。

 自分たちに確実にやってくる幸せな未来を信じて疑う事の無い、澄み切った目をしています。

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 オカチャン・・・

 
オカチャン・・・

 なんか、
 この写真を撮ったのが、
 昨日の事のように感じられるよ。

 コチサは、
 悔しくて残念で、
 涙も出ないよ。

 二人だけしか知らない思い出は、
 一人がいなくなったら、
 思い出じゃなくなっちゃうじゃん。

 記憶なんて、
 共有してなきゃ、
 たんなる空想と区別がつかなくなっちゃうんだよ。

 コチサとオカチャンの、
 あの夏の瓶コーラとカレーパンの思い出を、
 証明してくれる人がいないと、
 またコチサは、
 単なる嘘つきと思われちゃうじゃないか・・・


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 人生は、自分に降りかかる出来事を、受け入れて飲み込んで生きていくものだけど、今回ばかりは、受け入れるのは、なかなか大変な気がします。

 かすみ草はオカチャンが大好きな花です・・・

 暑さもようやくおさまり、朝夕は初秋の気配が漂い始めます。

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