お母さん
「もしもしサチコ、あのな・・・良かったら、近いうちに帰って来て、おばあちゃんを見守ってやりぃ」
コチサ
「・・・」
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「羽田空港へ」
ここ数年、言い続けてきたコチサの夢。
それは、現在、関東近郊の特別養護老人ホームなどで公演させていただいているコチサの一人芝居「おはなしピエロ」公演を、おばあちゃんに見てもらうということ・・・
どの公演でも、同じ事を言い続けて、いつしか言うだけコチサになっていました・・・
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コチサ
「もしもし、特別養護老人ホーム満濃荘さんですか?・・・私、コチサと申します・・・実は、おばあちゃんがそちらでお世話になっていて、私の夢は・・・ですから。こちらでの活動を是非そちらでやらせていただきたいのですが・・・」
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「羽田空港・展望デッキにて」
一気に喋り捲ったコチサは、電話を置いて思いました。
「こんなに簡単に、願いは叶うんだ。何故、もっと早く動かなかったんだろう・・・」
コチサは、切羽詰まらないと、何もしないダメ人間の典型だぁ・・・
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そして・・・
ついにその日がやって着ました。
「高松空港」
何度も何度も帰った故郷「高松空港」ですが、今回は、気分が違います。
秋晴れの空のような気分で戻りたかったのですが、お母さんの電話の後の訪問ということが、一点の雲のように気持ちに陰りを作ります。
迎えに来てくれた、お父さんやお母さんの車に乗り込み、おばあちゃんのいる特別養護老人ホームに向かいます。
電話で一気にまくし立てただけなのに、快く公演を許可してくれた満濃荘さんは、現場でもコチサをVIP待遇してくれて、楽屋からお茶菓子まで用意して待っていてくれました。
「満濃荘内・集会ホール」
「満濃荘内・楽屋」
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コチサ
「先に・・・おばあちゃんに、会わせてもらえますか?」
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「おばあちゃん・・・」
そこには、見たこともない人がいました。
骨と皮だけになって、ただただ遠くを見つめる一人の女性・・・
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「実家の窓から・・・」
かつて、コチサが子供の頃、この母方のおばあちゃんの家に遊びに行くのが楽しみでした。
お泊りをした朝・・・
おばあちゃんは、コチサが大好きな卵かけご飯を出してくれます。
この頃から、すでにこずるさを身に付けていたコチサは、
コチサ
「おばあちゃん、ウチでは、卵を二つやで。それも白身は捨てるんやで。黄身を二つかけて食べるんや」
おばあちゃん
「そうかいそうかい。おばあちゃん、気づかなんで悪かったな。はい卵、もうひとつ」
そういって鶏小屋からもうひとつの卵を持ってきてくれました。
卵の黄身二つの卵かけご飯・・・ずーとコチサが食べたいと思っていたものでした。
自分の家で、そんな事をしようものなら、お父さんにどんなに怒られることでしょう。
コチサは、我がもの顔で、卵を二つかけた大盛のご飯をパクつきます。
コチサ
「おばあちゃん、おいしいで。ありがとう」
おばあちゃん
「よぉけ食べて、大きくなるんやで」
コチサ
「うん!」
こづるく嘘をついたことなど、へのかっぱで、頬張っているコチサが、ふと横を見ると、おばあちゃんは、目玉が二つとも無い「目玉焼き」を食べていました。
コチサ
「おばあちゃん・・・ごめんなさい・・・サチコ、嘘をついたの・・・」
おばあちゃん
「ええんや、ええんや。たまにおばあちゃんの家にお泊りに来てくれたんや。そのくらい贅沢をせんとな。それにおばあちゃんは、コレステ・・・なんとかいうもんがあるから、卵は白身だけの方がええんや」
コチサ
「おばあちゃん、大好き!」
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今、目の前にいる女性が、あのおばあちゃん・・・
そういえば、お母さんが電話で、
「おばあちゃんは、もう誰もわからんようになってるけど、お前も、おばあちゃんを見てもわからんと思うわ」
そう言っていたけど・・・
コチサ
「おばあちゃん、こんにちは。サチコだよ。サ・チ・コ。今日は、おばあちゃんに、お芝居を見てもらいたくて来たんだよ。おばあちゃん、見てくれるよね」
抱き寄せる肩は、もろくて壊れそうで・・・
重ね合わせる手の平は、小さくて細すぎて骨ばかりで・・・
そして、寄せ合う頬には、深く深く刻まれた皺が涙さえ吸い取っていくようです・・・
コチサ
「おばあちゃん・・・サチコだよ、サ・チ・コ」
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介護職員さんの手によって車椅子に乗せられたおばあちゃんは、コチサに手を握られながら、コチサの演じるステージホールへ移動されていきます。
職員さん
「おばあちゃんは、10分くらいしか起きてないので、すぐ眠っちゃうと思いますけど・・・」
コチサ
「その時は、車椅子を倒して、楽に寝かせてあげて下さい。もしくは、ベッドに戻してあげて下さい」
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そして、開演。
「まもなく開演です」
「コチサ、ご挨拶」
「おばあちゃんに声は届いてるかな・・・」
「目の前がコチサのおばあちゃん」
満濃荘の職員さん達のおかげで、たくさんの人たちが集まって下さいました。
これがコチサのやりたかった事だ。
おばあちゃんの前で、お年寄りたちが元気になるお話を演じる。
そして、これまでだって、たくさんのお年寄りの方々から喜ばれ、記憶を蘇らせてくれた人だっているんだ。
おばあちゃんだって、今だけは、今この時だけは、あの日の元気なおばあちゃんの記憶が蘇るはず。
絶対にそうさせてみせる!
「お芝居のはじまり・・・」
「声を出して・・・」
「歌をうたって・・・」
「45分間が終わりました」
コチサは、きっと、鬼の形相だったのでしょう。
ホールに集まったお年寄りたちからは、すすり泣きが漏れ、歌のシーンでは、自然に合唱が沸き起こります。
コチサは、一番前の席に陣取るおばあちゃんを片時も見失うことなく、呼吸も忘れた気持ちで、お話を演じました。
あっという間の、四十五分間でした。
全てのお年寄りが、集中を切らすことなく、一緒にこの四十五分を過ごしてくれました。
「皆さんが見つめてくれました」
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こんな事は、かつてなかったことです。
どこの特養施設でも、途中、歩き出したり、トイレに行ったり、眠ちゃったりする人が現れるものなのに・・・
そして、何より嬉しかったのは、この四十五分の間、おばあちゃんは、眠ることなく、ずーとコチサの動きを目で追い続けていてくれたことです。
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終わったあと、たくさんのお年寄りが、自分の体験を語りかけてくれます。
「あんた、この活動をずっと続けていってよ」
「温かい言葉をいただきました」
「わしは、今日は、ほんまにえぇ一日やった」
「泣きながら話してくれました」
「今度は、いつきてくれるん?」
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そして、おばあちゃん・・・
「おばあちゃん、一度も寝ないで、ずっと見てくれました」
コチサ
「おばあちゃん。最後まで聞いてくれてありがとう。
おばあちゃん。あ・り・が・と・う。
それと、卵の黄身、ふたつくれてあ・り・が・と・う
おばあちゃんに、目玉のない目玉焼きを
食べさせてしまって、ご・め・ん・な・さ・い」
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でも・・・
でも・・・
こずるいし、ずる賢いけど、こういうとき調子の良い嘘がつけないコチサは、
「また会おうね」
という調子の良い言葉は出てきません。
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「おばあちゃの手、ちっちゃくなってた・・・」
ただコチサには、確信があります。
終始とろーんとしていたおばあちゃんの目だけど、その瞳が確実にコチサを捉えた瞬間があった。
あばあちゃんの、もしかしたら最期の記憶に、あの子ども時代のコチサと共に、成長した今のコチサも刻まれた。
絶対に間違いない。
そう思っています。
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「讃岐の秋の夕焼け」
久々に、全精力を使い果たしたコチサは、その後三日間、実家でひたすら寝て過ごし、お父さんやお母さんに粗大ゴミ扱いをされながらも、本来のナマケモノとしての使命を全うしました。
楽しかった子どもの頃の記憶・・・
永遠に残っているのに・・・
その時には、決して戻れない・・・
当たり前すぎて、忘れがちな事実。
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「夢叶えども、中くらいなり、コチサ秋」
「大好きなおばあちゃん」