時代が変わっていく・・・・・・・
佐知子さんの中で、激変する時代に取り残されていく焦燥感が、フツフツと沸き上がってきました。
フィリピンの民主化革命の映像ビデオを、生中継と勘違いし、東京行きを決めてからは、両親への説得の毎日でした。
大学に退学届けを出せば、父親が復学届を出す。
イタチごっこが続きました。
天皇陛下が崩御されました・・・・
消費税が実施されました・・・土井たか子さんが戦っています・・・・
歌手の美空ひばりさんがお亡くなりになりました・・・・
アメリカのレークプラシッドのスピードスケートで橋本聖子さんが日本女子初の優勝を飾りました・・・・
参議院通常選挙では、「マドンナ旋風」が吹き荒れ、たくさんの女性が、国会に送り込まれました・・・・・
女性が頑張っている・・・・
佐知子さんの焦りも頂点に達しました。
おばぁちゃんに泣きついての一大家族会議の結果は・・・・・父親を説得できず・・・・・勘当でした。
それでも佐知子さんは、「話すこと」に生き甲斐を持ち続け、東京に向かいたいと思うのでした。
都会は、純真な若い希望を食べて増殖していく街です。
佐知子さんが、食べられてしまうのは、時間の問題のように思われました。
お父さんが、故大平元首相の地盤だったため、口を利いてくれる人がいました。
おかげで、ワンルームながら、住むところも見つかりました。
バブル末期の証券会社にも、アルバイト先を得ることが出来ました。
新宿の人混みにボーとしてしまった時、いきなり腕をつかまれ、
「いい仕事があるから、一緒に行こう!」
と、車に乗せられそうになりました。
佐知子さんは、驚きのあまり声が出ません。この街ではそんな光景は日常茶飯事なことで、誰も助けてくれません。
悪代官に連れ去られる村娘は、哀れ遊郭へ・・・・・・
こんな時、テレビだったら矢七の風車が・・・・・
ヒュ〜、バシッ!
「痛てぇ誰だ?」
飛んできたのは、冷凍うどん。
うまく相手の頭に当たり、ひるんだ隙に佐知子さんは逃げ出しました。
追いかける、追手に立ち向かい、
「まだ、冷凍麺は山ほどあるじょぉ」
と叫んだお父さんに、佐知子さんは涙が止まりませんでした。
狭いワンルームマンションのフローリングの上に毛布一枚で眠るお父さん。
佐知子さんの薦めも聞かずに、ベットは佐知子さんに明け渡して・・・・・・
それからの1年間。
佐知子さんは、死にものぐるいでアナウンス学校に通い、誰よりも練習しました。
人生の中で、こんなに頑張ったのは過去にも先にも初めてのことです。
訛りの克服も、アクセント辞典を一頁、一頁塗りつぶしました。
着るものも、お化粧も少しずつ、あか抜けて来ました。
もう、人買いに襲われる心配もありません。
お友達も出来ました。
同じ夢を追う仲間たちは、時には足を引っ張り合うけど、気の置けない友人達です。
アルバイト先の証券会社でも、お父さんの持ってきてくれたうどんのおかげで「讃岐のさっちゃん」と、可愛がられています。
順風満帆です。
バブルが弾けました。
「証券不祥事」という名称で、様々な実体が明るみに出てきました。
「損失補填」「一任勘定取引」・・・そして「改正証券取引法」の可決。
もともと実体のない、アルバイト社員の佐知子さんの居場所はありませんでした。
首になりました。
「どうしたらいいの?」
洋服も、化粧品もほとんどローンです。
道は2つに分かれていました。
「話すこと」にこだわらず、楽しいことをして暮らしていく。
この街は、そんな夢を持たない人間が気楽に生きながらえるには、最大限の協力を惜しまない街です。
「Santa Fe」が今、売れてるし、いざとなれば「Kochisa
Fe」を出すことも出来る・・・・・・
そして、もう一方の選択枝・・・・
「話すこと」で生きていく。
若い夢を食べて成長するこの街にとっては、それは街全体の怒りを買う行為です。
「食べていけるだろうか?」
そんな、生きることの初歩的な事が大問題になるほど、変わり身の早い街です。
・・・・・・・・・・・
お父さん・・・・・
お母さん・・・・・
おばぁちゃん・・・
- お父さん、お母さん、おばあちゃん、妹、弟(そういえば、妹弟に名前が無いですね)元気ですか?
佐知子も元気です。
例の事件で、会社を辞めてから生活は苦しいけど、アナウンス学校の先生がいろいろな「話す」アルバイトをくれて・・・ 単発だけど練習になるし。
だから心配しないでください。
それから、甘えるようなこと言って申し訳ないんだけど、お米だけはこれからも少しずつでいいから送り続けてください。
やっぱりお米はうちで作るのが一番おいしいから・・・(本当はお米代の節約だけど、少しだけ甘えることにします)
佐知子は心配してくれる人がいる、という事がどんなに心強いか知ってます。
お父さん、お母さん、おばあちゃんのいる限り、誰にも負けません。
安心していてください。
それから、佐知子の声がテレビで流れることだってきっとあるから、うちでもそろそろビデオデッキを買った方がいいよ。
(坂上南の香川電気のおじさんがよく知ってると思うから、ちゃんと聞いてから買うんだよ)
そろそろ、稲刈りの時期ですね。
今年は組合で買った機械を早めに回してもらって下さい。そうでないと去年みたいに結局手作業になっちゃうから。
体だけには気を付けて下さい。
おばぁちゃんはもう田圃にでたらあかんよ。
この時、区民レポーターのアルバイトで細々食いつないでいる佐知子さんは、実家のビデオデッキが役に立つ日が近づいていることを、まだ知らない。
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