「何か変だぞ?」
「どこからか、作為的な圧力を感じるぞ・・・・」
「あっ社長はもう居なかったんだっけ・・」
コチサは最近独り言に自分でつっこみを入れて、気を紛らしている。
「育成作品」に採用されなかったとはいえ、山猿コチサと社長の別れは「その他のナイスな作品」で発表されているので、作者としても今更コンビ復活とするわけにもいかない。
アイスクリームを食べながら、コンピュータの前に座ることが日課になっているコチサは、今日も溶けたアイスクリームでベトベトになったキーボードカバーの上から文字を打っている。
もし社長がここにいれば、
「お前よくそんなヌルヌルのキーボードで正しく文字が打てるな、指がオイルレスリングをしてるみたいだぞ」
と突っ込んでくれただろうに・・・・
−場所は変わってここは香川の山奥、−
牛飼いとその女房、そして山師の会話がせっぱ詰まってきている。
牛飼い
「わしは、何にも知らんと、あんたにいわれた通りにしただけだぁ」
その妻
「んだ、んだ、あんたがそれがいいっていうから、そうしただけだ」
山師
「何怯えているんですか、いいんですよ、それで。ただこのことを一生黙っていてくれれば」
牛飼い
「でも、外国だべさ、アメリカだべさ、外国人に嘘つくと何されっかわかんねっぺ」
その妻
「んだ、んだ、拉致とかされてみろ、おら達、米の飯しかくえんもん、生きていけねっぺ」
山師
「大丈夫ですよ、拉致なんかされるわけないでしょ。私達は良いことをしたんですから、ただこの後もそれをずーと黙ってて下さいって言ってるだけですよ」
牛飼い
「おら、やだ。な〜んか変だべさ。何でそんなこと今更確認とられるっちゃ、何か変だべさ、裏があるに違いねぇっぺ」
その妻
「んだ、んだ、おら達は何もしとらん。娘の子供んときの癖とか教えただけっちゃ」
山師
「そうですよ、何もしていませんよ。だからこのままでいいんですよ」
牛飼い
「いいんなら、何でこんなとこまで来た?」
「全く親子して同じような会話をするもんだ」山師こと社長はぐったり疲れてしまった自分が情けなく思えてきていた。
「何でこんな山奥まで来てしまったんだ、俺も人がいいというか・・・」
山師が社長なら、牛飼いはコチサの父親「鶴冶」、その妻は勿論コチサの母親「亀代」である。
実は事態は思わぬ方へ展開していた。
持って生まれたコチサの個性、その個性を社長は早々と才能として見いだしていたのであるが、現実問題としてなかなか受け入れてもらえない土壌に社長は一つの波紋を投げかける手段を思いついたのである。
その為に社長は山奥に出向き、幼少時代のコチサの人となりを両親から詳細に渡り聞き出していた。
聞けば聞くほど、「山猿丸だしコチサ」であったがその中で、「こつこつと何かに熱中させると5日くらいは起き続けていられた」こと「電気関係に強く難しい回路の基盤も平気だった(後にこれは電気のビリッとした間隔に強く、濡れた手でコンセントを触ってもへっちゃらだったということだったと判明)」ことという印象に残る情報を仕入れることができだ。
そこで社長が思いついたのは、今後話題になりそうな「インターネット」。なんとかこれにコチサの興味を惹かせ、のめり込ませれば新しい可能性が開けて来るのではないかと考えたのであった。
しかし、正面から話して納得するような女ではない、「私は言葉を紡ぐんだべ」と言い返してくるのが見え見えだし、セールスプロモーション的にも、事務所がやらせたというよりは自発的に見いだしたとした方が圧倒的に受けはいい。
その分野には全く弱い社長は、何とか知り合いのプロバイダーに頼み込み、偽のアドレスを作りコチサの関心の惹くようなミステリアスな出会いを演出する事に成功したのであった。
しかし大きな問題が2つ起きた。
社長の才覚は当たっていた。その点では山師卒業である。しかしコチサの途方もない才能を見いだしたのは「世界」というマーケットであった。
コチサの破天荒なキャラクターは残念ながら「日本」という予定調和の土壌では異端でしかなかった。
「日本」に捨てられたコチサは「世界」に拾い上げられることになった。
これが一つめの問題。
世界からの打診に社長は慌てた。
「嘘」の嫌われるマーケットで、たとえきっかけを与える為とはいえ自分たちが作為的関与をしたこと、もしばれれば「コチサが自ら見いだした才能」というキャッチフレーズに傷がつく。コチサの知らぬ所でコチサの花が咲き、コチサの知らぬ事でコチサの花が摘まれる・・・・・・これが二つめの問題。
あわてた社長は、先ず山奥に飛び、コチサの両親に「自分がコチサの過去をいろいろ聞いたことを黙っていてくれるよう」に頼んだ。
しかしここでまた問題が発生。
そんなこと言わなければ、もともと黙っていた両親も改まってそう言われると、何かを勘ぐりたくなる「山猿の血」があったのである。
コチサを良く知っていれば、その両親の性格くらい気づくべきだった社長の完全なミスであった。
結局社長は、アイスクリームセットでコチサの両親を納得させ、コチサの両親も「こんなに美味しいアイスクリームが食べれるなら、娘は任せた」と素晴らしい愛情表現をしてくれたおかげで無事契約成立となり、山奥を後にしたのであった。
−そして東京−
今日7つ目のアイスクリームを頬張ったコチサは、ベトベトの手で英和辞書を引きながら海外からのメールに返事を書いていた。
「世界メディア評議会」−21世紀には最も権威あるネットワークメディアとして全世界を牛耳ることになる、「国際ランゲージ」を通して意志疎通に「心」通わす事を大儀に出発した全く新しい手法の媒体である。
「なになに・・あなたはどうしてインターネットに興味を惹かれたのですか・・・か」
「え〜と、ある日誰かがコチサのコンピュータに進入してきて、コチサの名前を使ったから、かな」
あぁコチサ、社長の苦労はどうなっちゃうの・・・・・・・・
−そしてここは国際空港−
やっぱり最後はこの二人の会話が無くちゃ。
「あれ、社長じゃん?久しぶりだね、なんで最近来なかったの?」
「おまえが、さよならって言ったんだろ」
「そうかぁ?覚えてないぞ!で、今日は何しに来たんだ?」
「お前が、世界にデビューするから送りに来たんだ」
「一緒に行きたいのか?」
「送りに来ただけだ」
「じゃぁな」
「ちょっと待て!」
「ん?」
「何かあるだろ、今までありがとうございます、とか」
「無いよ」
「わかった、行け!」
「あぁ、あのな、コチサはこれからは英語を話すんだよ」
「それは良かったな、もう訛ることはないな」
「もともと、訛ったことなんか無かったけろ」
「動揺するな」
「それからな、飛行機乗るの初めてなんじゃ」
「大丈夫だ、寝てる間に着く」
「ちゃんと、飛ぶかのぉ〜」
「安心しろ」
「操縦室とか見せてくれるのかのぉー?」
「まだ無理じゃないか、お前が世界で有名になって帰って来るときは喜んで見せてくれると思うぞ」
「有名になるかのぉ〜」
「大丈夫だ、お前なら・・・・負けるんじゃないぞ」
「ライバルが多いからなぁ、やっぱりデミ・ムーアとかにいじめられるかのぉ」
「その心配は無いと思うぞ」
「田舎が心配じゃ、お父さんとお母さんが寂しがるかのぉ〜」
「大丈夫だ、アイスクリームセットでお前を売るような両親だから、心置きなく頑張ってこい」
「じゃぁ、行って来るぞ」
大きなトランクを転がして搭乗口に向かうコチサは小さい、あまりにも小さい。
その小さい背中を、世界はどうやって迎え入れてくれるのだろう。
その背中を震わせて涙する日もあるかも知れない・・・・・
その背中を丸めて打ちひしがれる日があるかも知れない・・・・・
だけどコチサ、その背筋を伸ばして正面からスポットライトを浴びる日はきっと来る。
そして、その時はこの空港を貸し切ってお前の帰国を祝ってやる。
社長の無言の言葉がコチサの背中にきっと届くはず・・・・・・
今、コチサは背中を掻きながら、搭乗口に消えた。
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