「へへへのへん!」
MAスタジオから出てきたコチサは意気揚々さ!
(良かったよ)(緊張しなかった?)(上出来、上出来!)
おきまりのねぎらいの言葉も真に受けちゃう!
「へへへのへん!」
もう鼻が伸び過ぎちゃって、そっくり返って歩いちゃう!
(ゴクミさんも綺麗だったね)(さすが女優さん)
そんな言葉も素直に聞けちゃう、そしてエールなんかも送っちゃう。
「まぁお互い頑張ろうや!」
初めてのナレーションの仕事が大手のメジャーCMに決まり、ビギナーズラックを実力と勘違いするには充分のコチサ天狗は、もうMA室に自分のマスコットなんかを置いちゃったりした。
もう二度と来ることの無いMA室に・・・・・・・
「そりゃ田舎は大騒ぎさ!」
(よくやった)(郷土の誇りだ)(さすがワシの娘じゃ)
「もう、面倒くさい、今日の電話は出ないもん」
(・・・・)(・・・・)(・・・・・)
「そうよね、まだON AIRされて無いもんね、電話はまだよね」
「もう街を歩くのも大騒ぎさ!」
(ねぇあれMCのコチサじゃない?)(ほんとだ変装してるけど気品があるからわかっちゃうよね)
「声をかけてくる勇気があればサインくらいしてあげるのに・・・」
想像の中でのコチサは日に日に大きな人物となっていった。
「えぇ〜どうして?」
「だから、他の人に決まったんだよ」
「えぇ〜あたしゴクミのバックでがなったんだよ」
「これは、オーディションだから、落ちる人もいるんだよ」
「ちぇっ!」
「やめなさい、その舌を鳴らすのは」
社長ともめるコチサの姿が日常茶飯事になった頃、街を歩く変装もかえって人目を引くだけのものとやんわり注意されるコチサであった。
「お前のことなんか誰も知らないんだぞ」
「知ってるもん!」
「CMで流れたのは声だけだろ、そんなお前が街を歩いたって解るわけないじゃないか」
「気品があるもん!」
「誰かそう言ったのか?」
「言わんけど、みんな思うちょる」
「ほらまた、嘘を付くから訛ってる、その癖だけは治らんな」
「ちぇっ!」
「それもやめなさい」
オーディションの連敗は事務所の記録を更新し、それならと事務所に内緒で応募したニュースステーションのキャスター公募には写真審査ではねられる始末。
「何か変だぞ?」
「変じゃないんだよ、これが今の実力と考えなさい」
「変だぞ?」
「一つずつ努力を積み重ねていかなくちゃいけないと言うことだ」
「誰かが足を引っ張っているんだ」
「最初からあんないい仕事が出来たことをラッキーと思って精進していくことだ」
「組織があたしを潰そうとしているんだ」
「ちゃんと話しを聞いてるのか?」
「黒幕はお前だ!」
「お前は何を考えてるんだ、私は社長だぞ」
「ちぇっ!」
こんな娘に無駄飯をいつまでも食わせていく訳にはいかない、「お前」呼ばわりされた社長はもうコチサを特別扱いはせず、なりふり構わずの仕事をあてがう事に決めた。
「いやだ!」
「またか、だが今回はダメだ」
「そないな、エッチな声なんか出せん」
「やってみなけりゃわからんだろ」
「出せんもんは出せん」
「お前も山猿と言われても女であることは変わり無い、こんな美人の課長島耕作の相手役のアフレコなんて、それだけで女っぷりが上がるというもんだ」
「何言うちょる、コチサはいやじゃわい」
「ほら、また訛ってきた、本当はやりたいんと違うか?」
「やりたくもないし、声も出せん」
「わからんぞ、結構気持ちよかったりして・・・・」
「コチサはやらん」
「ほらほら、どうだ気持ちいいぞぉ、ほらほら・・・」
「・・・・・・」
「コチサがあんあん、大町君もあんあん、あぁ〜んだめぇ〜」
「おい、社長、大丈夫か?」
「あ、あぁ・・・・ちょっと見失ってしまったようだな」
「ちぇっ、馬鹿ものが!」
久しぶりの実家からの電話。ほんわかした気分になるコチサ。
でもお母さんの話は・・・・
「おばぁちゃんの具合が悪いんよ」
「なんでじゃ?」
「なんでって言っても、もう歳やし病気がちでな」
「なんとかしてけろ」
「お前、動揺してるんか?」
「なんでじゃ?」
「訛っとるからな」
「田舎もんじゃき訛るのは当たり前じゃ」
「でもそれうちの方の方言じゃありゃせんよ」
「ばぁちゃんを元気にしてけろ!」
「佐知子、またテレビで元気な声をおばぁちゃんに聞かせてやっておくれ」
「コチサの声で治るんか?」
「おばぁちゃんには一番の薬じゃって」
事務所ではもう名物になったコチサと社長の会話が。
「うち、やるねん」
「何をじゃ?」
「エッチな声じゃ」
「出せるか?」
「大丈夫じゃ、田舎ではよく裏山で猫たちの声を聞いたものじゃ!」
筑紫哲也さんの「NEWS23」に山猿コチサ登場!
「今年の世相を振り返るという枠で、課長島耕作の漫画を流します。コチサさんはその相手役の大町女史をやってください。こちらは島耕作役のバッキーさんです」
「はじめまして、バッキー木場です」
「コチサだす」
「は?」
「とりあえず、本番まであと6時間なので編集も考えて1時間程度で録音を済ませてください、じゃぁバッキーさんとコチサさんこちらへ」
刻々と迫る時間。
すでに1時間を超えている。
憔悴している、バッキー氏、スタッフ達・・・・・
さかりのついた猫を演じ続けるコチサ氏・・・・・
たまりかねて社長がMA室に入る。
「何しに来た?」
「うるさい!・・・もう一回だけお願いしま〜す」
−スタート−
「大町君、今夜食事の後はどうだね」
「オッケイよ・」
・・・・・
「あぁ大町君、あぁ・・」
「あぁ島課長ぉ〜」
「あぁ大町君・・・」
社長の指がコチサの太股へ・・・そして思いっきりつねる。
「あぁ〜〜〜〜ん・、痛ぁ〜い、われ何さらしんじゃい!!!!」
哀れ社長の機転も水の泡に・・・・
「はいオーケーです。いただきます!!」
「いいんですか?」
「いいんか?」
「オーケーです、ばっちりです。後半は斬りますから、コチサさんいい声でした。皆さんお疲れさまでした」
ほっとする一同を後目にオンエアを待たずに帰路につく、コチサと社長。
二人の間はもう誰も離せないのではないか。
「お疲れさん」
「へへへのへん!」
「まぁ無事に終わってほっとしたよ」
「なぁ社長、女が生きていくのも大変だなぁ」
「まぁな、お前が本当に意味を理解して言ってるとは思えないけど、生きるってことは大変なんだよ」
「人って言う字は支えあって成り立ってるもんのう」
「また誰かから聞いた受け売りだな」
「まぁこれからも支えあって頑張ろうな、社長!」
「私はお前を事務所に入れた事だけは後悔してるよ」
「ちぇっ!」
「だから、それはやめろ」
ON AIR後、実家に電話するコチサがいた。
「ばぁちゃんはどうした?」
「もう帰ってこんでいいと言っとる、あんな声を出す孫はいらんと」
「ばぁちゃんの為にやったと」
「まぁよか、おかげでおばあちゃん驚いて飛び起きてピンピンしてる」
「そっか、それが一番じゃもんな」
田舎に電話するとどうして暖かい気持ちになるんだろう。でもやっぱり仕事は大変だ。これからもたくさん頑張んないとみんな元気にしてやれないしな。
ほんの小さな壁を乗り越え社会人として少しだけ大人になったコチサはもう家族を養う大黒柱の気合いが充分。
でもまだ仕送りしてもらう身分。
その後も家族を元気にするため、電波に声を乗せようと頑張るコチサと社長の奮闘は続いた。
でもおばぁちゃんは次の年、春を待たずに帰らぬ人に。
「佐知子はほんまにええ声をしとるのぉ〜」
コチサは今も目を瞑るとおばぁちゃんの声を聞くことが出来る。
「さぁ社長、今日も頑張るっちゃ」
「お、おぅ!」
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